伊勢湾・三河湾の海苔文化を未来へ、 生産者・販売者・研究者で意見交換会を開催

昨年の夏、「伊勢湾・三河湾の海苔文化を未来へ繋げよう」をテーマに、〝美味しい海苔が育つ豊かな環境づくりのために何が必要か?″を、生産者・販売者・研究者のそれぞれの立場からお話していただく、意見交換会を開きました。

2時間半ほどの熱く、濃い意見交換会を、4回に分けて紹介します。

 【参加者のプロフィールを紹介します】

鈴木輝明 氏

名城大学大学院総合学術研究科特任教授を務めていらっしゃる農学博士です。愛知県水産試験場の漁場環境研究部長時から教授職を兼務され、専門は赤潮や貧酸素、干潟や藻場の機能、近年では海の栄養不足といった海洋環境です。

早川明宏 氏

愛知県漁業協同組合連合会の業務部次長と販売課長を兼任され、海苔流通センター所長として、県漁連の海苔の共同販売(共販)で海苔のセリと入札を担当しておられます。

岩瀬明彦 氏

西三河漁協の海苔の生産者さんです。平成元年(1989)にお父様と海苔養殖を始め、約5年後に独り立ち。周りを見聞きして生産を続け、10年かけて自分なりのやり方にたどり着つかれたという、ベテラン生産者さんです。 

河村耕一 氏

野間漁協の海苔生産者さんです。大学卒業後、約9年間のサラリーマンを経て、約18年前にUターン。家業を継ぎ海苔師に。56月は刺し網でアオリイカを専門に捕り生計を立てているそうです。

社長/坂井克津良

海苔業界40数年の弊社社長は現会長をしている父の弟、私の叔父です。 

会長/坂井太

約半世紀を海苔業界にいる会長は、毎朝5時から柳橋市場に立っています。

司会/自分(坂井宏)

 

【激減した海苔の実態・実情を、広く世間へ】

司会:最初に社長から、本日の趣旨をお願いします。

社長:去年の秋に鈴木教授の熱い講演を聞きました。愛知の海苔の生産枚数が最盛期の1/5まで減少したその原因は、単に地球の温暖化ではなく他にもあると力説され、とても心に残りました。そのような海苔を取り巻く環境や実情を世間に広く知ってもらいたい。海苔問屋として発信していくことを決め、実際のお話をいただきたいと、本日皆さまにお集まりいただきました。熱い忌憚のないご意見をお聞かせください。よろしくお願いいたします。

司会:では海苔の現状の前に、少し昔を振り返ります。会長、お願いします。

会長:海苔の養殖方法も、海の様子も、この半世紀で随分と変わりました。

私が子どもの頃、昭和34年に伊勢湾台風がありましたが、その前から飛島村の住まいの近くでは、冬だけ海苔をやる農家の方たちが、寒くなると朝早くから海苔をすいていました。

井戸水を汲んで、海苔を洗って、海苔切り機で切って、手ですいていく。すき上がった海苔は、タコ(障子の桟のようなもの)に刺して干す。最初は裏側を太陽に向けて干して、半乾きになるとひっくり返します。海苔が乾くとき「海苔が鳴く」と言って、縮んで簾から離れるピシッピシッという音を聞いた憶えもございます。

昔は海苔が終わる3月、4月に、海に刺していた竹の麁朶(そだ)を抜いていました。海苔養殖をしていた隣人がその竹を抜く時に、我々子どもたちを連れて行ってくれました。子どもたちは浅瀬で遊んでいたのですが、海中で泳ぐ綺麗なクルマエビの姿や、ハマグリなどの貝が掘れば出てくるという記憶が残っています。

【並ぶ魚が変わった市場で感じること】

会長:市場には毎朝、四季折々の魚が並びますが、私が最も楽しみにしている3月頃に出るコウナゴの釜揚げは、ここ5年ぐらい見なくなりました。並ぶ魚も随分と変わってきたと感じています。

市場ではお客様と接点があり、肌で感じているのは、最近、外国人が非常に増えてきたことです。西洋の方は少ないのですが、東南アジア、特に台湾、香港の方は海苔に興味がある方が多く、味付け海苔や椎茸、だしなどを買っていただいています。

司会:では、伊勢湾・三河湾で採れる海苔の現状について、早川さんからお話いただきます。

早川:令和4年度の愛知県の生産量は約2億枚で、9割が伊勢湾で、1割が三河湾で採れています。生産量が多かった昭和の終わりから平成の初め頃は、およそ10億~11億枚でした。現在は最盛期の1/5に生産量が減っていることになります。

減った理由はいくつかあります。一つは、生産者さんが年々減り、後継者不足から高齢化が進んでいるため。そして、気候変動・温暖化もあります。海苔は冬の産物ですが、冬が短期化し、生産期間が短くなっています。

また最近は特に、魚や鳥による食害も増えています。食害の有無で生産量は12割変わっています。なおかつ、海苔に限りませんが、海の栄養が乏しくなった貧栄養も影響しています。海の環境が変わり、昔のように量が採れないのが現状です。

【価格と全国認知度が上がった令和4年度】

早川:このような状況でも、令和4年度は約2億枚採れた愛知ですが、国内一の産地である九州の有明海は大凶作に見舞われました。その反動で愛知の海苔の入札価格は非常に高騰、1枚単価が18.31円という実績でした。

ほぼ同じ生産量だった令和3年度が1枚単価11.99円でしたので、平均単価は6.32円上がりました。これだけ平均単価が上がった年は今までなく、昨年度は価格がかなり高騰した年といえます。

国内生産量の6割を誇る九州、特に有明海の成績が非常に悪かったことは、全国に大きな影響を与えました。商社さん、問屋さんとしては海苔を確保しなくてはならず、数が少ない中、入札制度で競合して海苔の買い付けを行います。有明海産の代替えという意味も含め、愛知を含め他県でも海苔の平均相場単価はかなり上がりました。 

今まで九州の海苔を買っていた問屋さんや商社さんが、愛知の海苔を買うという傾向があり、初めて愛知の海苔を買ったというお客さんも多くいました。使ってみたら非常に良かったので来年も愛知の海苔を買う、といった声も届いています。

今は2億枚しか採れない愛知県ですが、最盛期は実は全国一の生産量を誇っていました。減少傾向になり、愛知海苔ブランドというのを聞かなくなっていましたが、昨年度は愛知に少しスポットライトが当たったかなという印象です。 

愛知県の生産組合は、伊勢湾で採れる地区を知多地区、三河湾で採れる地区を西三河地区、東三河地区と区分しています。生産量は浜により異なりますが、主要組合も平均相場単価が非常に良かったので、水揚げ金額はどこも前年度よりもかなり好成績を残し、県全体では前年度と比べると約5割上がり非常に良い成績でした。生産者さんには、令和4年度は良い年だったと思います。

【種類豊富な海苔が採れる、恵まれた県】 

早川:愛知県の海苔の特徴、特色は色々あります。

伊勢湾の知多地区で採れる海苔は、色艶が良く、ご飯に触れることによって香りが際立ち、瀬戸内みたいにしっかりした海苔が採れるため、贈答から業務用と幅広い用途の海苔が採れる浜になっています。

三河湾は、非常に柔らかくて甘みがある美味しい海苔が採れると評判が高い産地で、全国のお客さんから「三河湾の海苔は九州に近い」とよく言われます。

全国一の生産地・九州は家庭向け、上級の海苔が主に採れる産地で、二番目の産地・瀬戸内は業務用の海苔が主に採れる産地ですが、愛知は九州や瀬戸内で採れるような海苔が、一つの県内で採れることが特色になっています。

ここまでの話は黒海苔が主体ですが、三河湾の東側の渥美半島では青海苔も採れます。黒海苔も青海苔も採れる愛知県は、本当にバラエティーに富んだ海苔が採れる恵まれた県であり、地元の問屋さんはとても力を入れて買い付けやPRをされています。

【今年の年明け、業界全体が危機感を持つ】

司会:次は社長から、流通・販売の状況を願いします。

社長:令和4年度を中心に、海苔問屋の視点からお話しします。

令和4年の秋に、大手商社さんから「今年の秋の有明海の状況が非常に悪い」という情報を得ました。ただ私どもは経験の中で、環境さえ整えば海苔の伸び足が立ってきて生産枚数は増えるという意識を受け継いできました。今回も状況さえ回復すれば生産は増えるだろう、と思っていましたが、実際には非常に日照時間も長くて雨も降らなかった。高水温のため、海苔の育苗がうまくいかなかったようでした。

12月に入札が始まりました。年内は、前年の在庫と今年の海苔の採れ高も含めながら、何とか海況は回復するだろうという有明海の状況をもとに、わりと冷静な形で相場は推移していました。ただし、希少価値である三河湾の青混ぜ海苔は特殊で、一万円以上の値が付きました。

岩瀬:ありがたいことです。

社長:希少な価値のものにはそれだけの値が付くという表れかと思います。

そして年が明け、本格的な生産と仕入れの時期を迎えましたが、非常に悪い有明海の状況に、全国的な商社さんも含め皆が危機感を持ち、1月からの入札は非常に高くなりました。

私どもの通常の見付け(入札価格をつける前の下見)よりも10円以上高い。これが2月の半ばまで続き、特に1月後半から2月の最盛期に最高値をつけました。足元にも及ばない値が付いたわけです。海苔屋というのは、非常に器が小さな市場ですから、資金が枯渇しそうになりつつありました。

そんな状況の中、2月後半あたりから海苔が劣化し品質が落ちてきて、少し値を下げたと。3月に入っても有明は回復を見せず、3月後半には有明以外の生産地は前年並みの数量を確保している状況の中で、かなり相場も落ち着き、私どもも手の届く価格になってきた。そんな状況でしたね。

【有明が不作でも、安定供給できる海苔はある】

社長:坂井海苔店としては、1月の後半に大手お客様に状況と値が高くなることをFAXでお知らせしました。そして3月に入り値上げせざるを得ないと判断し、420日以降、段階を踏む形で値上げをすることをお客様に通達しました。

同業他社の情報を集めながら進め、去年の在庫から今年の新価格合わせ、平均で3割程度の値上げという形でお客様にはご納得いただきました。先ほど所長のお話にありましたように、1枚あたりの全国平均価格が今年は17円台で去年より6円ほど高くなっています。それでいけば到底3割の値上げでは収まらないような販売価格になると思いますが、何とか収めました。

大手コンビニのおにぎりの海苔も、知らないうちに有明海産から瀬戸内産に変わりました。なんか海苔が硬いな、前より歯に引っかかる気がするとよく見たら瀬戸内産でした。産地によって海苔は随分と違うものだと、海苔屋としての感覚でしょうが、実感しました。

令和4年度は、大手コンビニもそうせざるを得ない状況だったわけで、そういう意味では有明一辺倒ではなくて、他にも安定供給できる海苔があるということを、大手も理解されたのではないかと思います。

早川:大手コンビニのお話が出たので、全国的な需要のことなどを少しお話します。

全国漁業協同組合連合(全漁連)では毎年、海苔の全国目標生産量を掲げていいます。令和4年度の目標生産量は75億枚でしたが、国内の年間海苔消費量は約75億枚という調査結果があり、生産側としてはせめてそれを目標にというのがその数値の根拠です。

因みに、令和2年度、令和3年度も生産量は目標生産量まで全然いかなかったのですが、令和4年度は九州の大不作のため、需給バランスがより大きく崩れてしまった。

その影響もあり、輸入海苔、韓国産や中国産の海苔の輸入量が増え、また年々増えていることは一つの流れになっています。国内生産を増やし、国内需要分ぐらいは国内で賄えると非常にいいと思うところです。

【このままでは海苔を売れなくなってしまう】

社長:生産者が減り続け、愛知県の令和4年度の経営体数は126ですが、統計によると1経営あたりの生産枚数と水揚げ高は20年前、30年前と比べると上がっています。つまり、海上は非常に空いていることになります。

作付面積や区画漁業権など問題もあると思いますが、それらを加味しながら、何とか生産量を増やす工夫を生産者のみなさんに考えていただければと。特に生産量が一番伸びる1月後半~2月前半に、より多くの海苔が採れることが理想です。

漁連にはよく、鬼崎の組合が行っているような経営的な環境づくりが必要ではとお話ししています。生産者が減り続けるこの状態では、地元の美味しい海苔を弊社は売ることができなくなることを、是非心に収めていただきたいと思います。

司会:このあたりも含めて、各産地の状況を、岩瀬さんからお話しください。

岩瀬:西三河漁協は平成17年に合併し、海苔を養殖している所は西尾、栄生、味沢、一色と4つあり、僕は西尾に所属していました。だんだん生産者は減り、今、栄生にはいません。西尾、味沢、一色で合わせて8軒となり、西尾と味沢は去年から一緒に西尾・味沢の名前で販売しています。

僕自身、5年くらい前から、新しい人が入ってくれればと、切に思ってきました。恥ずかしい話、3人の子どもは就職し家を出ています。1人くらい跡を継いでくれればと思っていましたが、時代の流れもあり僕自身も諦めたというか。

周りも後継者はいなく、若い子は入ってこない。このままでは、西三河にせっかくいい漁場があっても次の世代につなげていくことができません。

入って35年教えた後も続けてくれる子が来てくれればいいのですが。どういう道筋あるのかあてもなく、気持ちはあるけれど、どう行動をとればいいのかわからないのが現状です。

【人が減り、漁場環境は良くなっている】

岩瀬:後継者問題とは裏腹に、坂井社長が言われた通り、人が減り昔より漁場の環境は良くなったと感じています。密集して養殖していた昔も魚や鳥の食害はあったのでしょうが、全体の量が多かったので食べられても気づかなかったのだと思います。人が減ってから、食害が目につくようになりました。

食害の対策はすごく手間がかかり、完璧にはやれませんが、ある程度対策をして採れているのが現状です。採れ始めても、昔のような色落ちや深刻な病気の出方はなくなりました。

全体的にみれば昔よりすごくいいと個人的には思っていますが、生産量は昔に比べると雀の涙くらいしかないのが現状です。

 社長:僕たちが若かった昭和から平成にかけて10億枚以上採れていた時代には、「密植による海苔の品質低下」という言葉をよく口にしました。できるだけ密植をしないで海流の流れを良くしてください、というお話をしたことを思い出しました。そんな時代が懐かしいですね。

岩瀬:そうですね。

社長:後継者問題にはいろいろありますが、次の世代に残すのは結局、水揚げではないでしょうか。平均で3000万円とか5000万円くらいですか?

岩瀬:まあ、だいたい。

社長:水揚げだけを見たら、他の産業で仕事するよりいいのではないかと。海苔を採って外車に乗る親父さんを息子が見ていたら、その仕事をやりたいなと思うのでないかな、そういうような状況を作れないかな、と傍から思っております、ごめんなさい。

早川:海苔もいい時代があり、外車どころか海苔御殿が建った時代もありました。今、海の状況が変わり、海苔に限らず魚も貝も水揚げが伸びず…。

なおかつ海苔養殖は、昔と今では随分と変わりました。

先ほどお話にでた鬼崎ですが、ここは愛知漁連で一番大きな生産組合で、県全体の1/3程度を生産しています。今そこの鬼崎は、共同加工場ということで、共乾という施設を組合で設けています。海に海苔を採り行く方と、施設で海苔を作る方が、それぞれ分かれて行う分業制で、それが非常にうまく機能しています。

愛知は家族で海苔を採り加工までする形が多いのですが、年齢を重ねると労力的に大変になります。いろいろある問題をうまくクリアして、効率よく海苔を作れる環境が整えば、生産量も後継者も増えるのではないかなと思うところです。何とか生販一体となり先々のことを考えていきたいですね。

 

【生産量が増えていき、家族経営に限界】

司会:河村さんは生産量が増えているそうですね。

河村:自分が入った1718年前の野間は密植の状態で、生産者は100軒以上いたのですが、今は26軒にまで減りました。生産者の減少に伴って柵は増え、やればやるだけしっかり採れるようになっています。ただ、野間は他の漁場と比べると栄養の部分で不利なので、量と質をともに上げていくのが今後の課題です。

養殖は竹柵が主体です。手間がかかる浮動柵をやめて竹柵だけのスタイルの人も増えていて、浮動柵はガラ空きの状態です。

自分は、親父とお袋と3人で、当初は240柵くらいしかありませんでした。少しずつ増やし、300柵くらいになった頃に、実は坂井社長の講演会を聞きました。

社長:そうでしたね。半田の方で。

河村:社長のお話の中で「まず600柵を目指してください」というのを強烈に覚えていて。それを目標にしました。辞めた生産者の備品や施設の再利用もして、どんどん増やして、今ようやく目標を超えて640柵まできました。

こうなると、労力的に家族3人では賄えなくて、地元漁船の若い衆や、去年は思い切って通年雇用の若い人を雇いました。いい子が来てくれて、今は住み込みでうまくいっています。

ただその子も、海苔養殖がやりたくて飛び込んできたわけではなく、1年経って「養殖っていいな」とだんだん思うようになってくれています。3年くらい経って続けていくようなら、彼のような外部の子にも譲っていけたらいいなと考えています。

鬼崎のように組合全体で共乾施設を作るスタイルであれば、少しでも長く生産者をやれるでしょが、野間の場合は完全に個人。柵を増やして大きい機械を入れるスタイルの人が出てくればいいのですが…。

自分としてはできる限り今の規模に満足せず、どんどん大きくして、生産力を保っていければなと思いますが、雇用の部分が一番大変ですよね。

 

【人が集まれば続くから、募集をし続ける】

岩瀬:通年雇用した人は、どこから来てくれたのですか?

河村:宮城県から来ています。

船団のデータ共有システムなどを展開するIT企業が、水産業特化型の採用支援サービスも運営していて、それを活用しました。年間契約でいろんな媒体に人材募集を代行してくれるサービスです。漁師に特化した募集をかけてくれるので、漁業に興味を持つ人にアプローチしやすいと思います。ただ絶対応募が来るとは限らない。

岩瀬:年間どれくらい? 

河村:個人事業主にはちょっとヘビーな金額だったので、半年間を2年契約したいと交渉しました。海苔で忙しい冬に面接来られても逆に困るので、春が終わってからの半年間を募集期間にしました。

1年目の去年、何回面接しても思うような人材と出会えず半分諦めていたときに、今の子が来てくれて。いい縁をもらいました。2年目の今年は、通年雇用2人はヘビーなので、冬の間の季節雇いで募集をかけています。

岩瀬:応募する側からすると、夏は何すれば?となりそうだけど。

河村:自分なりの勝算が実はあって。昔から山が趣味で、夏の山小屋で働いている若い子たちには、冬になると北海道のシャケや沖縄のサトウキビの産地にいる子も多い。そういう生き方をしている若い子はいっぱいいて、実は一回うちにも来たことがあります。

岩瀬:そういう子が冬に来てくれるといいよね。

河村:そう。思っている以上に、いっぱいいると思う。今からテコ入れして、募集もメンテナンスをかけて。雇えなかったらに仕方ないけれど、一人いい人材を雇えたので満足しています。

岩瀬:結局、人だからね。 

河村:人の募集だけはずっと続けていかないと、自分たちが続かないのかなと。人が集まれば絶対続けられるので。機械とかは投資していくだけですが、人材の課題はずっと続きます。

 

 

【海で働きたい若者と受け入れ側の問題】 

鈴木:水産高校の就職先は、大手自動車メーカーの関連企業といった水産とは関係ない企業が多いそうです。ところが定職率はあまり良くなく、離職して海や水産分野で働きたいと相談されることはよくあると聞きます。

海洋系の大学や水産関係の学校も、入学希望者はすごく多い。大学の学生にも、海の生物や環境、漁業に興味を持つ人はすごく多いですよ。それなのに職となると、そこに乖離がある。

もう一つは、組合、浜にも問題はあると思う。浜には年寄りばかりで、若者は話し相手もできず孤独を感じて去っていく。海で働きたい若者のニーズを受け止める側の体制と、一人前になるまでのフォローと、やっぱりいい人間関係が欠けているのではないかと…。

岩瀬・河村:うーん…。

鈴木:働きたい若者に対し、魅力ある業界として自助努力していく地道な取り組みが必要になってくる。

ただ総体的には、漁業に限らず、少数精鋭に多分なっていく。少子化が進むと間違いなくそうなるわけで。漁場を広く占有して、自分の思うようにやれるキャパシティが増えるのは、漁業をしたいと思っている若者達にとって一つの魅力となるでしょう。

従事者の減少は悪いことのように思えるけれど、個人の可能性を広げられるといういい面も非常にある。河村さんや岩瀬さんの話を聞いても、なるほどと思うところがあります。特に愛知の漁場は、とても都会に近く、都市近郊型の漁業です。若い人にとっては、他県よりも魅力があると思う。

豊浜では、国や県の助成で2年間くらい訓練期間として一定の収入を担保するやり方をしていると聞いています。

河村:自分もそれ、現在利用しています。

鈴木:浜の関係者の話を聞くと、意欲のあるいい人は来るけれど、積極的に育てるというよりは、受け入れ側が補助金で単なる労働力の補充として扱ったりする傾向も結構あるようです。

河村:いますね。

鈴木:そうなると、もうそこには行かない。結局、漁業者側の受け入れにも問題がある。

河村:そうですね。

 

【労働の厳しさより、課題は浜での孤独感】

 鈴木:漁業は、他の若い人たちと生活する時間帯が違い、話し相手は年寄りだけ。どんどん孤独になり、それに耐えきれない若手は多い。

 河村:分かります。肉体労働で過労だったりすると、プライベートの面で孤独感が満たされないでいると、もう嫌だと辞めていくパターンがある。

鈴木:そうそう。仕事は辛くても自分が好きでやっているので、その辛さには充分に耐えられるけど、夜に一人になった時の孤独感というのかな。

河村:そうですよね。

鈴木:しかも、そこは自分の生まれ育った場所ではない。そこが実は意外と定着率を悪くしている原因の一つで、かなり大きい要素ではないかと思う。

河村:はい、よく分かります。

鈴木:だから、河村さんのような若い人が、他から来る若い人の世話をするのは、とてもいいことだと思う。

河村:我慢の連続です。

岩瀬:そうやね、そう思う。

早川:窓口設置など担い手を募集する中で、昔、内海漁協に一人、海苔の担い手が来ましたが、同世代はいなかったし、冬場に特化していたので安定した職業ではない難しさも感じました。土日・祝日が休みというわけにはいかず、しかも明るくなる前から海に出て、寒空の下での作業。よほど好きで飛び込まないと続かないのかもしれません。

鈴木:労働の厳しさは覚悟して入るものの、地域のコミュニティといったものがないというか。若い人たちが話し合ったり、共通の課題を持って何かをやったり、漁業以外の人との接点だったり、そういう場が必要だと思います。 

寂しくなることが、一番大きな問題。辛くても、それを話し合う仲間さえいれば、また翌日も行けるのです。

この問題の解決法はすぐには出ないけれども、担い手を受け入れたい組合自身が、単に労働力を確保するためではなく、若い人たちを根付かせ、孤独を感じさせない受け入れの場を作ることを努力したほうがいいような気がします。昔は海で働きたい若い人がたくさんいました。

早川:若い世代がいましたね。 

河村:豊浜とかの頑張っている漁師処には、若い子が結構います。そういう所は定着しやすいようです。

鈴木:京都府の定置網漁も、若い人の定着率が最近良く、家族で移住する人たちもいて、聞くとやっぱりそこの漁業が好きなのです。

若い人が一人二人と集まると共同体ができ、そして、新しい勢力になります。蝟集効果というのか、一つ核ができるとそれにダダッと引っ付いてくる、その核を作ることが今、大事なのです。

核になるその子たちが、今後の伊勢湾・三河湾の漁場を占有していくことになる話をしっかりと伝えて、育てていくということが大切です。

岩瀬:そうですね。

【栄養不足が、今、海苔にとって最大の問題】

司会:鈴木教授から、伊勢湾三河湾の現状の話をお願いします。

鈴木:今、海苔が抱える問題は3つあって、1つ目はやはり、水温がなかなか下がらないために漁期が縮小していること。2つ目は、年明けの冷蔵網の張り出し後、2月末頃から色落ちが起きて漁期が狭まること。この問題は、海の栄養不足が原因ですが、私は答えがあると話をしています。

そして3つ目が、食害の問題です。実は食害は海の栄養不足と表裏一体の話で、カモもクロダイもボラも昔は他に食べるものがあったが今は海苔しかないから海苔を食べる。栄養不足で餌自体が少なくなった中で、豊富な食料の場を人為的に作ったことが食害の問題となっているのです。

上昇している海水温の改善はなかなか困難ですが、水産試験場では高水温耐性種など将来的に見込みのある種苗の育成を始めています。

それよりも現在の栄養不足が、今、海苔にとって一番大きな問題です。伊勢湾・三河湾も栄養不足でとにかく色落ちが起きる。これはもう間違いない。

岩瀬:はい、間違いない。

鈴木:なぜ、栄養不足状態になったのでしょう。黒潮の大蛇行の影響が原因ではまずありません。伊勢湾・三河湾の内海に、陸から流れ込む窒素やリン、それに伴うミネラルがどんどん減ってきていることが、ほぼ間違いなく貧栄養問題の一番大きな原因です。

窒素やリンやミネラルが減ってしまった最大の理由は、伊勢湾・三河湾の内湾につながる下水道の大規模化と処理機能の高度化です。社会的インフラとして必要な下水道は、「管理目標が厳しすぎる」のです。

海には30年来変わっていない環境基準が設定されていますが、それがすごく厳しく設定されているのです。

全国各地の内湾は窒素とリンの環境基準が設定され、ⅠからⅣの四つの類型に整備されていています。利水目的に「水浴」がある三河湾・伊勢湾は、すべてⅡ類型になっていて、窒素は0.3mg/L以下、リンは0.03mg/L以下と設定されています。

  

水質の基準には水生生物のための水産用水基準というものもあり、それによると伊勢湾・三河湾で採れる漁獲物のほとんどは水産2種もしくは水産3種に相当する生き物となっています。水産用水基準は環境基準と連動していて、水産2種は類型、水産3種は類型と決まっています。

ここで、おかしいなと思いませんか? 

【生き物ではなく、海水浴場を主軸にした基準】

鈴木:生き物を中心にした基準であれば、伊勢湾・三河湾の環境基準は類型のはずなに、類型に設定されています。それは、利水目的に「水浴」があるためです。

環境基準が設置された30年以上前、当時の環境庁(現環境省)が、一番の主軸にしたのが水浴、海水浴でした。だから、海水浴場のある海は類型の水質でないといけませんよ、と当時の環境審議会で決まったのです。

ところが今の三河湾はどうでしょう。先ほど坂井会長から昔のお話があったように、海の様子は随分と変わりました。会長は今おいくつですか?

会長:73です。

鈴木:私と同世代ですね。似た記憶をお持ちだと思います。昔は夏になると、一家総出で電車に乗って海水浴。浜は海の家や子どもで溢れて芋を洗うような状況でした。

最近の海水浴は、水の透視度で選ばれるようになっており、愛知県の人達は日本海や沖縄、お金に余裕のある人たちは海外に出かけます。潮干狩りや地元の魚を食べたい、食べられる民宿に泊まりたい。魚釣りがしたい。これが今の都会人のニーズで、漁業のできる豊かな海を望んでいるのですが、依然として水浴場があるところはⅡ類型だと環境行政に係わられている方々は言います。

数が少なくても水浴場がある以上、利水目的の一つは水浴だから、Ⅲ類型にするわけにはいきません、という考え方です。

環境基準は省令で、「水域の利用の態様の変化等事情の変更に伴う各水域類型の該当水域」を適宜改訂することとする、と記されています。私は何度も何度も環境省に説明をしてきました。

今、伊勢湾・三河湾では海水浴客は1/10以下に減り、逆に潮干狩り等のニーズがどんどん増えている。これこそまさに水域の利用が変化したといえます。なおかつ、水産物は国内だけではなく世界的に需要が非常に高まり、魚を獲る、貝を獲る、海苔を採ることがますます重要なのに、相変わらず水浴に縛られた環境基準の類型指定はおかしいのではないのですか、と。

環境省に言い続けてきた結果、伊勢湾であれば三重県と愛知県、三河湾であれば愛知県が、ワンボイスで見直してほしいと声を上げてくれれば、中央環境審議会を含めて環境省が対応をしますと、やっとそこまではたどり着きました。

 

2017年から下水道の栄養の管理を開始】

鈴木:次の問題は、下水道基準の緩和は一朝一夕では実現しないことです。

県の下水道の管理運転における排水規制基準は、例えばリンは現行では1mg/LまではOKですが、実際に矢作川流域下水道の管理データを見ると、2016年は実際はその半分以下、時期によってはほとんど出してなかった。

下水道運転管理業務は全部民間に委託しています。委託側はこの基準を超えてはいけないと思っていて、どんどん下げてしまう。つまり、下げれば下げるほどいいと思っていたのです。

岩瀬:そうそう。

鈴木:実際を知り、漁業者は驚くわけです。そこで漁業者と県と私どもで様々な話をし、リンはまずは1ppm(=1mg/L)まで近づけましょうと、2017年から栄養の管理運転を始めました。

初年は主に海苔のために11月から、翌年からはアサリが卵を出して痩せる9月頃から管理運転をしました。 

管理運転は第8次水質総量削減計画の最中に始まり、その計画の中でリンは4.4/日が目標値でした。ところが実績が目標を上回ってしまい、その中で管理運転をやるから、県としてはここを増やした分だけ他で減らすとなった。Ⅱ類型を達成するために4.4/日まで下げないといけないからという理屈です。

 一過性ではなく、これから常時たくさんリンや窒素を出してもらうためには、この目標数値を上げないといけない。そして、上げるためには類型指定を見直さないといけないと、今、漁連も必死に動いています。

昨年から第9次水質総量削減計画に入り、今は変えられませんが、数年先の第10次総量削減計画を作る時には類型指定の見直しと目標値を上げることを目指して、昨年の10月に第1回愛知県栄養塩管理検討会議という組織ができました。環境省、水産省、国土交通省、我々と愛知県漁連、あとは愛知県と関係市町の環境・下水道及び水産行政関係者が全部入っています。

 この検討会議で話したのですが、リンは現行1ppmまではOKという排水規制基準になっていますが、実は伊勢湾・三河湾は上乗せ基準がかかった結果、このようにかなり厳しくなっています。国の法律上は2 ppmまで出していいのです。

 そこで漁連から知事にお願いした結果、一過性の社会実験として、2年間だけリンを2ppmまで上げる下水道の管理運転をやってみようとなりました。昨年の11月から来年の春まで一応行います。現状としては、海苔は比較的良かった。アサリも、一時1000tを切っていった西三河が今3000tくらいまでになりました。

 岩瀬:今年はいいよ。

 河村:うん、うん。

 

【海苔のために海があると、声を上げよう】

 鈴木:今年の6月にあった第2回愛知県栄養塩管理検討会議の中で県が「下水道の管理運転の社会実験は漁業にとって非常に良いということが分かった」と初めて報告しました。ただ、海苔やアサリのために海があるんじゃないという声もあって。ふざけるな、ですよね。

一同:(笑)

教授:海苔やアサリのために海がある、ってね()。栄養不足の問題は、県や国次第で、すぐにでもできる話だと私は思っています。第10次の水質総量削減計画の時には必ずできるように持っていきたい。

つい先日も三重県でこの話をした時に私から三重県の漁業者の方に言ったのは、みなさんおとなしすぎる、声が小さいです、と。

岩瀬:うちらもそうだな。

河村:うん、うん。

鈴木:漁業者はね、一部の人を除いて声が小さいのです。これだけ重要な問題であれば、海苔網を持って県庁の前でも環境省の前でも、デモくらいしないと。ダメなものはダメと言い、変えられるものは変える、それだけの力を漁業者は持っています。海を一番利用している漁業者が、声を大にして言うのが後々のためだと思います。

最初に会長からコウナゴの話が出ましたが、コウナゴもアサリが獲れなくなった時期と同じ頃から獲れなくなりました。今は禁漁になっている資源管理対象魚種ですが、一昨年から名城大学で獲れなくなった原因や対策を研究しています。

結論から言うとこれも栄養不足です。同じコウナゴでも、栄養状態によって高水温に対するストレスが全然違い、栄養不足状態だと夏の高温ストレスに非常に弱いことが分かりました。ところが、研究者たちはいろいろな原因があるとぼやかします。マスコミも、温暖化だからカキもコウナゴもダメだけれど、よく分かりませんと言うわけです。よく分からないのなら言うなと、俺は言いたい。

一同:()

鈴木:これはもう栄養不足。約20年前からの伊勢湾・三河湾の動物性プランクトンを調査した、国土交通省中部地方整備局のデータがあります。整理すると、伊勢湾中央部の動物プランクトンがもう半減しています。

コウナゴが湾口に溜まる時には、それを餌場にしてタイやフグが集まり、そこが漁場になる。ところがコウナゴが栄養不足でいなくなると、そういった魚がどんどん湾の中に入ってくる。名古屋港の近くだとか、四日市だとか。

河村:あー、なるほど。

鈴木:それを海をよく知らない人たちは、伊勢湾・三河湾に外洋の水が入ってきたと言うのですが、それは違うよと。伊勢湾・三河湾の水の栄養濃度が外洋に近くなったということなのです。

一同:うん、うん、うん。

鈴木:水質の環境基準がⅢ類型に見直しが具体的にかかり、コウナゴがいなくなっていなければ、コウナゴが回復する芽はあると思う。海苔はすぐに回復し、アサリも23年で回復すると予想しています。

5、6年前と比べれば、漁連の人たちの働きもあり、随分進んだと思う。

早川:一番のご尽力は鈴木先生ですが、本当に進んでいます。三河湾の海苔もアサリもよくなってきていますし、伊勢湾の知多の方、名古屋市に近い東海市、知多市、常滑市にも管理運転の要望を出すなど、今、色々と皆さんやっていますね。

【適切な管理運転で、回復の芽は十分にあり】

鈴木:矢作川流域下水道の管理運転で、水質濃度を上げたらどれくらいの範囲まで影響が及ぶかを、国の研究所と三重県と愛知県の水産試験場が調べました。その結果によると、効果が現れる範囲は、西尾・味沢、一色、衣崎辺りで、吉田、大井、篠島辺りには至っていませんでした。

今、社会実験として国の放流水の基準ギリギリまで上げた管理運転してもらっていますが、結果はよくなっていくと思う。

三河湾は閉じているわりに下水道の放流水量が多いので、下水道運転のコントロールでかなり早く回復する可能性があるからです。特に三河湾は良好な海苔が採れる漁場ですから、この矢作川流域下水道の管理運転をきっちりと行えば、私は回復は十分にすると思っています。

早川:大井、篠島、日間賀辺りが、近年は1月ぐらいで海苔の色落ちが始まり生産が終わっていましたが、昨年は2月まで生産が続き、昔に近い感じで採れました。非常に効果が出ていると思いました。 

鈴木:自然の大きな変動がある海で、この下水道の管理運転の効果を抽出することは、なかなか難しいのですが、漁業者団体としてはいい結果が出ていると思います。

最初は、下水道の管理運転についてどこで話しても一切理解を得られず、学会でもほんとに四面楚歌で。ではこのまま放置して漁業者が困った代償を誰が払うのか、と反論したこともあります。

早川:そのようなことがあり、今に至っている。凄いことです、本当に。

鈴木:やっと環境省がこっちを向いてくれていると感じています。伊勢湾・三河湾の貧栄養はそう悲観した問題じゃないと思っています。

それよりも重要なのは後継者問題で、こういった実情や課題を、若い人たちが理解した上で、自分たちが努力するとこが大切だと考えます。何か展望があり、その産業に従事することが大事だからです。

 

【誰もが食べていた水産品が、珍味に】

鈴木:実は私もコウナゴが好きで、春の味覚として楽しみにしているのに全く獲れなくて残念です。

会長:私はアサリの天ぷらも好きでね。昔はよく食べていましたが、最近は作ってもらえるところが少なくて。大きいアサリが獲れなくて、天ぷらにできないそうです。

鈴木:伊勢湾・三河湾はおいしい魚の宝庫ですから、それが食べられなくなるというのは、本当に寂しいことです。

会長:生のアサリを串に刺して干した串あさり。炙って食べると美味いですが、今、市場で見なくなりました。獲れなければ、作る人もないし、その味を知っている人もない。

鈴木:全くその通りで、本当に水産物は貴重な食料になってしまった。

会長:珍味になりますね。

教授:本当なら誰もが普段にもっと食べられるものが、どんどん高級になり一定の人しか食べられなくなる。日本人の食生活が、平均的に質が下がっている感じがします。

会長:最近は海苔がちょっと美味しいもので ()。愛知県の美味しい海苔を非常に勧めています。知多の海苔は、日本で一番巻き寿司に合うよと。有明の海苔が割れるからもう一つ高い海苔はないかと言われる方がいると、いや、それはダメですと()。逆にもう少し値段を下げてもらって、この知多の海苔をお持ちください。絶対割れることはありませんよ、と勧めています。値段じゃなくて目的に応じてお客様に勧める、そういう勧め方をしています。

それとよく、伊勢湾を図に描いています。木曽三川、木曽・長良・揖斐の三本の一級河川が伊勢湾に流れてきて、その流れの線にある海苔が非常に美味しいですよと。桑名から始まって、知多のセントレアのほうですね。

鈴木:正にその通りですね。

会長:それが流れて答志島ですね。そちらの方へ流れていくから、そのラインで採れる海苔は非常に美味しいですよと、お客様に説明します。

 河村:そうですね。 

会長:三河湾は矢作川があり、知多半島と陸に近いために北西の風が吹いてもとても穏やかです。だから海苔もお客様みたいに穏やかで、非常に美味しいですよ、という話をするのです。

鈴木:全くその通りで、伊勢湾・三河湾は入口が狭いのに奥行きが広く、閉鎖性海域と環境の専門者は言います。入口が狭くなおかついろんな栄養が入ってくるというのは、一つの財布みたいなもので。伊勢湾・三河湾は栄養塩の貯金箱です。

アサリの幼生は2週間ぐらい水の中に漂いますが、湾口が空いていたらあっという間に太平洋へ出て黒潮に流されてしまいます。入口が狭い湾の中で幼生がぐるぐると留まり、かついろんな川の河口の干潟がたくさん広がっているから、愛知県のアサリ生産量が日本一になるわけです。

入口が狭いということは、海にとっても海苔にとっても、最も豊かな条件なのです。こういう着眼点で、伊勢湾・三河湾ほどの海をどこかに見出そうと思っても、ありません。ましてや、出口が西に向いている海っていうのは、三河湾だけです。

 

【伊勢湾・三河湾の地形は、漁業に好適】

鈴木:豊川の河口でアサリがあれだけ大量に発生するのは、三河湾という地形と、豊川という川が西側を向いて湾に入っているからです。これを地勢学的な利点といいます。

冬の北西の季節風により、秋に生まれたアサリの赤ちゃんが豊川の感潮域の中にどんどん入っています。感潮域では真冬の川の水温は海よりもやや高くなるのが早く、かつ小さなアサリの赤ちゃんのエサになる微小な植物プランクトンが豊富で、海で着底したアサリよりも成長がいい。4月頃にどんと雨が降り一挙に感潮域から干潟に出てくると、ずっと海にいたアサリは小さくて、川の出口付近の感潮域にいたアサリは大きく育ってどんな大きさの植物プランクトンでも食べられるように育って数千トンもの大きな資源に拡大していくのです。

伊勢湾・三河湾は漁業にとって非常に好適な地形をしていて、有明もそう。東京湾もしかり。入口が狭くて奥行きが広いあのような海でないと生き物は育たないのです。従って今は、閉鎖的な海だから環境が悪いと言う人は随分少なくなりました。伊勢湾・三河湾は、誇るべき海です。

会長:昔、牟呂(豊橋市)で採れた海苔は非常に美味しかったですね。先生もご存知かと思います。牟呂、前芝、梅藪組合の海苔を、昔はよく買いに行きました。牟呂で千本口という海苔も出て、私、買ったことがあるんですよね。非常に美味しかった記憶ですが、今は全然採れないので、寂しいなと。工業と漁業を比べられると、やはり工業には負けてしまうかなと思ってきました。

鈴木:今、港湾の人たちも漁業や海の大事さをよくわかってきつつありますよ。だから、漁業者の方々の声次第です。人手の話もあり大変ではあるけれど、漁場の有効な活用が一つの明るい展望だと思う。私は決して悲観的にはなりません。逆にこういう時こそチャンスかもしれない。

 

【日本人が伝えた養殖技術が、中国で評価】

会長:弊社が出資している中国南通市にある南通協和食品有限公司では、会社組織で海苔を養殖しています。最近、南通市の漁場の調子が悪いということで、青島の方へ漁場を移しました。コロナでしばらく行っていませんが、年中人を雇っています。

海の少し遠い所に船を浮かべておいて、海苔を採る専門の人が毎日船で通い海苔を積んで持っていく、そういう養殖方法をしています。昔、知多の組合長さんたちと一緒に現地に行きました。

早川:そうですよね、今の漁連の会長が一緒に行きましたよね、今もその話をよく聞きます。行って非常に良かったと。今は向こうのほうが分業化として進んでいるような感じですよね。

会長:後からできた分だけ、いいとこ取りしているというか。加工工場は非常に工場らしい工場です。その辺りが日本と少し違うので、もし機会があれば見に行かれるのもいいかと思います。

河村:ええ。

会長:南通共和食品の指導を最初にしてもらったのは、千葉県の水産試験場を退職された先生です。冬の間、南通に行って、そこで独自にそこの品種を作って、網の畳み方とかそういったものを全部指導されました。

鈴木:やはり日本人が教えているんだ。

会長:そうなんです。他にも海苔養殖をしている会社はたくさんあるのですが、他の会社が不作でも南通共和食品だけは利益が上がっているという。なぜだと。そこの董事長によると、うちは日本の偉い先生に指導してもらったので利益が上がっている、と。そんな話がございました。

鈴木:世界的に日本食ブームと言うけど、日本食の底辺にあるのが、海苔ですからね。ところが、魚とか海苔が日本でとれないのは、これはある種パロディだよ。

岩瀬:本当にね。

鈴木:マスコミも、例えば後継者の問題でも、ちょっと真剣に取り上げてくれれば。テレビでも海関係の番組はすごく多いんですよ。

早川:そうですね。

鈴木:テレビを見て子どもたちも海にものすごく興味を持ってくれるけど、いざ海や漁業が抱える問題といった話になるとマスコミはあまり取り上げない。

岩瀬:うーん、そうですね…。

 

【未来のため、海を適切に管理する時代へ】

会長:子どもは磯遊びをものすごく喜びます。私自身、磯遊びが好きで、子どもを連れて木曽岬町の入り江にカニとかを捕りに行きました。未だに近所の子どもを連れて行きますが、そこで捕ったカニが面白かったと言います。磯遊びが今は密漁になる可能性もあってなかなかできないのでしょうが…。

鈴木:私も父方は渥美の赤羽根町の出身で、子どもの頃には赤羽根の浜でよく遊びました。夜、大量の亀が浜に上がってきて産卵するのを見た時代です。

まだ海水浴場が賑わっていた時で、おもちゃみたいな四手網を渚に少し沈めるだけで、ガザミやカレイやハゼとか、いろんな魚が山ほど獲れてね。そういう豊かな時代を、我々は目にしているのです。

伊勢湾・三河湾がどれほど豊かだったか。我々は分かっているけど、今の人たちはへぇ~、へぇ~って言う()

岩瀬:僕もへぇ~、のほうね()

鈴木:そうだね、50代だったらへぇ~だね。

河村:そうですよね。

鈴木:だから私、希少価値なの()

司会:50代と70代で知っている海が違うということは、20年ほどで急激に変化したということですか?

鈴木:そうです。これだけ都市に囲まれ、かつ大きな河川がたくさん入っている所は、人為的な影響は他よりも強く出るのです。この20年、30年です、海が大きく変わったのは。自分の人生で、現在のような海を見るとは想像だにしなかった。栄養不足が本当に起こるんだ、というのが実感です。

下水道を整備した当時、どうしてⅡ類系にしたのか。Ⅲ類系だったら今これほどみんなが苦労しないと思うけれど、当時は下水道を整備しても海全体が変わるわけはないという気持ちもあったと思う。

けど実際は、海は正直だから、変わるのです。それだけ人為的な水質コントロールが強く効くのです。なので、これからの伊勢湾・三河湾は、適切に管理する海にしておかないといけない。時代は変わったのです。

早川:そうですね。逆にまた回復するっていうのも然りですね。

鈴木:アサリなんか、3000tくらいまで34年で回復したわけだから、まあ早いといえば早い。

早川:そうですね。

鈴木:陸の生態学者が一度壊した自然は戻らないと言いますが、私は海に関しては、一度壊してもその原因がわかればすぐ元に戻ると言いたい。

まあ、漁業者の努力にかかっている。漁連が少し大きな声で話をすれば変わります。

早川:今うちも会長が、自らそういうアクションを起こしているところです。鈴木先生の話を聞くと、明るいという未来が見えてくるので、我々も漁業の火を消さないようにやっていきたいと思います。

司会:社長、最後に一言お願いします。

社長:本日は長い時間、個人的な現実問題や将来的なお話を聞かせていただきました。また鈴木先生からのお話は去年以上に、私の血となり肉となりました。今後も、皆さんのご協力を得ながらやっていきたいと思います。

本日は誠にありがとうございました。

一同:ありがとうございました。